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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)1128号 判決

原告

北川道夫

原告

亀井正明

右両名訴訟代理人弁護士

泉秀一

被告

大倉建設株式会社

右代表者代表取締役

半田一雄

右訴訟代理人弁護士

杉谷義文

右同

杉谷喜代

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告北川道夫(以下、「北川」という。)に対して、金七二九万三〇四円及びこれに対する昭和五四年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同亀井正明(以下、「亀井」という。)に対して、金六九六万四七三七円及びこれに対する昭和五三年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、宅地造成並びに不動産の管理・売買等を業とする株式会社であり、三重県名張市つつじが丘地区(以下、「本件つつじが丘地区」という。)の宅地造成を行うとともに、右造成地の分譲販売をしている。

2  原告北川は産婦人科・内科医であり、原告亀井は歯科医であるが、原告北川は被告から、昭和五四年二月二四日、前記分譲地内のつつじが丘北五番町七四番地の宅地650.92平方メートル(以下、「本件宅地一」という。)を二八一八万四〇〇〇円(一平方メートル当りの単価四万三三〇〇円)で、原告亀井は被告から、昭和五三年九月六日、同所北五番町七五番地の宅地650.91平方メートル(以下、「本件宅地二」といい、右本件宅地一と二を併せて「本件両宅地」ともいう。)を二七八五万八〇〇〇円(一平方メートル当りの単価四万二八〇〇円)で、それぞれ購入した。

3  ところで、本件つつじが丘地区は北一番町ないし北一〇番町並びに南一番町ないし南八番町に区分された総数約四五〇〇区画の宅地が存在する分譲地であるが、被告従業員は原告北川に本件宅地一を、同亀井に本件宅地二を販売する際、いずれの原告に対しても、後記4の事実を知りながら、これに反して本件つつじが丘地区内では、本件両宅地を含む北五番町七四番地ないし七七番地の四区画のみが唯一の医療施設用地(以下、単に「医療用地」という。)であり、右四区画の宅地でのみ病医院を開業することが可能であつて、医療用地・店舗用地以外の他の宅地(以下、「一般住宅用地」という。)では一切病医院を開業することができない旨虚偽の事実を告知し、従つて右四区画は一般住宅用地に比して優越的な価値を有しているので坪単価も一般住宅用地より割高である旨説明した。

4  しかし、本件つつじが丘地区の被告が分譲した各分譲地においては、一般住宅用地でも医院を開業するにつき何らの公的制約がなく、また被告と一般住宅用地の購入者との間の売買契約においても、医療用地以外で医院を開業することを規制する特約はまつたくなされていない。

5  原告両名はいずれも本件つつじが丘地区内で医院の開業を予定していたので、本件つつじが丘地区内の他の区画で自己の希望に添う宅地があつたものの、被告従業員の前記説明により開業できない土地を買つても意味がないと考え、前記虚偽の事実に基づく説明を信じ、被告従業員の欺罔行為により錯誤に陥つて原告北川は本件宅地一を、同亀井は本件宅地二をそれぞれ購入した。

6  かりに被告従業員に3の事実を説明するにあたつて欺罔の故意がなく詐欺による不法行為は成立しないとしても、右の際、被告は原告両名に対し、医療用地にしか医院建築はできず、何人といえども一般住宅用地に医院は建てられないと明言する以上、被告と一般住宅用地購入者との間の売買契約書においてその旨を明記し、また違反者に対しては例えば買戻権を留保したり、その他違反者に対する制裁を規定し、更には転売の制限を規定するなど、一般住宅用地に医院建築をしようとする者が出現することを予測しこれを阻止しうる十分な方策を講ずるべきであつたのにこれを怠り、一部の契約書では一般住宅用地に医院等を建築してはならないという条項さえ明記せず、かつ違反者に対する買戻権留保やその他の制裁、転売の制限等の規定により十分な方法を講ずることが全くなされていないという過失により、原告両名は前記のとおり真実に反する事項を告げられて医療用地購入の勧誘を受け、その結果錯誤に陥つて、安価な一般住宅用地でなく高価な本件両宅地を購入させられた。

7  原告の損害

(一) 本件つつじが丘地区内の北四番町四番地の土地所有者訴外山尾洋成(以下、「山尾」という。)の前所有者は被告より右土地を一平方メートル当り三万二一〇〇円の単価で購入した。

右と比較して前記のとおり、原告北川は一平方メートル当り四万三三〇〇円で、原告亀井は一平方メートル当り四万二八〇〇円で本件宅地一、二を各購入しており、原告北川の場合、一平方メートル当り一万一二〇〇円、原告亀井の場合、一平方メートル当り一万七〇〇円割高の価格で購入している。この差は、本件両宅地が他の一般住宅用地に比して医療用地として唯一医院を開業できる優越的なものであるということにある。しかるに医療用地でしか医院を開業できないということは虚偽の事実であり、原告両名は被告従業員から右虚偽の事実を告げられ、同地区内の他の低価格の一般住宅用地を購入する機会を奪われ、高価な本件両宅地を購入させられるに至つたのであるから、少なくとも原告両名はその差額である次の各金額の損害を蒙つた。

原告北川 七二九万三〇四円

1万1200(円)×650.92(平方メートル)=729万304(円)

原告亀井 六九六万四七三七円

1万700(円)×650.91(平方メートル)=696万4737(円)

(二) かりに、右(一)の主張が認められないとしても、原告両名が本件両宅地を各購入したのと同時期に被告が販売していた一般住宅用地の一平方メートル当りの単価の平均は三万六九一三円であり、原告両名は少なくとも、右平均価格との差額である次の各金額の損害を蒙つていることになる。

原告北川 四一五万七四二六円

(4万3300−3万6913)(円)×650.92

(平方メートル)=415万7426(円)

原告亀井 三八三万一九〇七円

(4万2800−3万6913)(円)×650.91

(平方メートル)=383万1907(円)

よつて、原告北川は被告に対し、不法行為に基づく損害金七二九万三〇四円、予備的に同じく四一五万七四二六円、及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五四年二月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告亀井は被告に対し不法行為に基づく損害金六九六万四七三七円、予備的に同じく三八三万一九〇七円、及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五三年九月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実中、原告ら主張の区画が医療用地であることは認め、その余は否認する。原告両名の購入した本件両宅地が他の一般住宅用地よりも割高なのは、本件両宅地が団地内の中心に近く、スーパー、ショッピングセンター、郵便局、公園に近接し、人の多く集まる場所だからである。

3  同4は争う。

4  同5の事実中、原告北川が本件宅地一を、同亀井が本件宅地二をそれぞれ購入したことは認め、その余は不知。

5  同6及び7の事実は否認する。

三  被告の主張

被告は本件つつじが丘地区内の土地を売却する際、その使用目的につき、一般住宅用地は住宅としてのみ、店舗用地については営業予定業種を予め聞き、これを契約書に記載して土地の利用形態をこれに限定し、医療用地は医療用に限定して販売してきたが、ごく一部の者がこれらの特約に違反し、一般住宅用地においてスーパーあるいは医院を開業したり、店舗用地においても契約書に記載の業種と異なる営業を始めたために他の競業者と紛争を生ずるに至つたことがある。原告主張の訴外山尾に対しては、同訴外人が名張市役所を介して被告に医院建築の承認を求めてきた際、被告はこれに対し、はつきり拒絶しており、被告は一般住宅用地における医院又は店舗の開設には終始一貫して反対しその中止を求めていた。

四  被告の主張に対する認否

被告が本件両宅地を販売する際、一般住宅用地、店舗用地、医療用地と区分していたことは認め、その余は不知。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二1  同3ないし5の事実中、本件両宅地を含む北五番町七四番地ないし七七番地の四区画が医療用地であること、原告北川が本件宅地一を、同亀井が本件宅地二をそれぞれ購入したことは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ〈る〉。(請求原因3の被告従業員が本件両宅地の販売に際し、医療用地である四区画は一般住宅用地に比して優越的な価値を有しているので坪単価も一般住宅用地より割高である旨説明した事実は、本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。)

(一)  被告は、本件つつじが丘地区につき戸数約四五〇〇、人口約二万人の街づくりを計画し、そのほぼ中心部分に郵便局、銀行、派出所、スーパーマーケットを含むショッピングセンター、広い駐車場を設けるとともに、医療用地として四区画を確保していわゆるメディカルセンターなるものを設けようと策定した。

(二)  現在、本件つつじが丘地区には約一〇〇〇戸、人口約九〇〇〇人が居住しており、右中心部分にはスーパーマーケット、派出所が存在し、右地区内では人の最も集まり易い場所となつている。

(三)  被告は、本件つつじが丘地区の土地分譲を昭和五一年から始めたが、前記四五〇〇戸分を一時に販売に供するのではなく、土地造成につき複数の工期を設け、その工区内の造成が完了する毎に右工区内の土地を分譲していくという方法を採つた。したがつて、右昭和五一年以降のその時々の社会全般の経済状況等による影響もあつて、工区毎のその販売年次により、被告の分譲する土地の一平方メートル当りの単価も徐々に高くなる傾向にあつた。

(四)  一般住宅用地は一〇工区(第一〇次)においては一区画当り約一七八平方メートルないし約二四九平方メートルの広さであり、被告が昭和五二年七月及び九月に設定した販売価格(一平方メートル当りの単価)は三万五五〇〇円ないし四万八〇〇円である。また、一一工区(第一一次)の六一区画においては、一区画当り約二一四平方メートルないし約二五五平方メートルの広さであり、被告が昭和五五年一月に設定した販売価格(一平方メートル当りの単価)は三万八七〇〇円ないし四万二七〇〇円である。

(五)  被告は、つつじが丘地区において前記(一)のとおりの計画を策定し、一般住宅用地は住居用にのみ使用されるべきものと考え、つつじが丘地区への入口になる道路付近に、原告両名が本件両宅地をそれぞれ購入するころまでに、「つつじが丘住宅の一般住宅用地には店舗及び店舗付住宅は建築することができない」旨の立看板を設置した。そして、一般住宅用地の売買に際しては、その購入者との間で、住居用以外に使用しないよう事実上確約をとつた。また、被告は、かりに一般住宅用地の購入者が右土地を住居用以外の使用に供しようとする場合には被告は右使用を止めるよう事実上申入れをなし、また、その近隣の一般住宅用地購入者も同様の申入れ等をなすものと解していた。被告は、以上の事実上の各措置により一般住宅用地が住居用以外に使用されることはないと理解していた。

(六)  他方、前記四区画の医療用地の販売に際しては右医療用地以外の土地では医院は開業できない旨告知し、開業する専門科目が競合しないように、右医療用地の購入希望者につき予め資格審査を行つた。

(七)  しかし、一般住宅用地において医院を開業することにつき公的規制はなく、また、被告と一般住宅用地の購入者との間の売買契約においても、医院を開業することを規制する明確な特約はなされていない。

3  以上の各事実によれば、被告は一般住宅用地の売買において住居用以外の使用がなされないよう法的措置は講じていないが右法的措置以外の事実上の各措置により住居用以外の使用を防止できるものと理解していたと考えられる。また、被告は前記のとおり、本件つつじが丘地区において右地区住民の生活上の利便等を考慮してその中心部分に医療施設を含む前記各種施設を設けることを策定し、医療用地の売買に際しても、右住民、開業する医師の双方の利益を考慮して、その専門科目が競合することを避けるため審査を行つたと解される。以上によれば、被告は一般住宅用地は住居用にのみ使用すべきであり医院は開業できない扱いを採つていたといえるのであり、被告が原告に対し、一般住宅用地では医院を開業することができない旨の虚偽の事実を告知するという欺罔行為をなし右行為により錯誤に陥つた原告両名をして本件両宅地を購入させようとしたとは到底いえず、他に故意に基づく欺罔行為の存在を認めるに足る証拠はない。

三同6について

1  前記のとおり、本件両宅地はいずれも六五〇平方メートル以上の広さがあり、地理上本件つつじが丘地区の中心部分に位置するだけでなく近隣には広い駐車場、ショッピングセンター等の各種施設が存在し、機能上も本件つつじが丘地区の中心に存するものといえる。また、被告は一般住宅用地では医院を開業できないことを一般住宅用地購入者との間で事実上確約し、医療用地の購入者についても専門科目の競合の防止をはかつている。

2  原告北川は本件宅地一を一平方メートル当りの単価四万三三〇〇円で、同亀井は本件宅地二を同じく単価四万二八〇〇円でそれぞれ購入したこと前記のとおりであるが、右1の各事実を考慮すれば、右各購入単価は前記一〇、一一工区の他の一般住宅用地の単価と比較して、最高価格の部類に属するものの割高であるとまでは必ずしもいえない。

3  一般住宅用地の購入者が、購入した一般住宅用地で医院を開業しようとする場合、これを阻止する措置としては法的措置のほか事実上の各措置が存在する。原告両名主張の買戻権の留保、違反者に対する制裁、転売の制限等購入者との間の契約上の措置を講ずれば、医療用地においてのみ医院を開業することができ反対に一般住宅用地において右開業する可能性は、右措置を講じない場合に比して格段に低くなるものと予想される。そして右の如き措置を講じた場合その結果として医療用地で開業する医院は事実上本件つつじが丘地区で独占的な利益を享受しうることになり、その反面、被告は、右の如き措置を講じることを前提に一般住宅用地を販売するについては、その制約のない場合に比して、販売単価を高くすることは契約上の制限内容が強ければ強いほどそれに相応して望めないことになる。かりに、右措置が講ぜられているにもかかわらず本件両宅地の各販売単価が前記のとおりであるならば、右のとおり本件つつじが丘地区内での独占的利益を享受しうることが予想されるのであるから、右の観点からも本件両宅地の販売単価が割高であるとはいえないと解される。

4 大規模な宅地造成とその管理販売をする業者が各区画土地の利用形態を予め定め全体の街づくりを計画的に策定しそれを実現するについては各区画購入者との契約の条項に規制を盛り込むことも含め法的措置による場合、法的措置と事実上の措置の双方を用いる場合及び事実上の措置のみを用いる場合が考えられ、右のいずれを選択するかは販売価格その他の諸要素を考慮したうえで通常は右業者の判断に委ねられており、常に必ず法的措置を講じなければならないものではない。本件においては、被告は前記のとおり、事実上の措置により一般住宅用地は住居用とし、医療用地は医療用にする計画を実現しようとしたものと解される。そして、前項で述べた考えをさらにおし進めると、医療用地において独占的利益を享受しうる可能性が強ければ強いほどそれに応じてその区画の販売単価も高くなるものと一般的に考えられ、これは右業者の側だけでなくこれを購入する側においても当然予想しうるものというべきである。また、被告従業員が本件両宅地を原告両名に販売する際、真実に反する事項を告げて医療用地購入の勧誘をしたことを認めるに足る証拠はなく、かりに原告両名においていずれも原告側主張の法的措置までが講ぜられているものと誤信したとしても、本件両宅地が前記のとおりの販売単価であつたのであり、また原告両名は被告から本件つつじが丘地区内において特に医療用地でのみ医院を開業でき、一般住宅用地ではこれができないことを告げられたのであるから原告側においても右の意味での法的措置が講ぜられているのか、講ぜられているとすればいかなる規制内容なのかを販売者である被告に問いただし、右法的措置の存否、内容を確認すべきであつたともいえるのであり、右原告両名の右誤信がすべて被告の行為により惹起されたものとはいえない。

5  以上のとおりであつて、他に被告が不当な目的をもつて前記販売行為をしたと認めるに足る証拠もないから被告が原告両名主張の各措置を講じていない状況の下に本件両宅地を医療用地として販売したとしても右行為について違法性が存在するとはいえず、また過失があつたということもできず、請求原因6は理由がない。

四結論

以上のとおり、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官辻本利雄)

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